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福島地方裁判所 昭和32年(ワ)152号 判決

原告 長南善蔵 外二名

被告 日本専売公社

訴訟代理人 小林定人 外四名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

当事者双方の求める裁判並に当事者双方の事実上、法律上の各主張は、別紙要約調書の各該当欄記載のとおり。

証拠関係〈省略〉

理由

一、原告等三名がいずれも被告日本専売公社の職員であつて、同人等に対する任命、免職の権限を有していた被告公社郡山地方局長が、昭和二五年一一月一八日付を以つて原告等を免職する旨の意思表示をし、その意思表示かその頃原告等に各到達したことは、当事者間に争いがない。

二、原告等は、右免職は、同人等が共産主義者であることを理由になされたものであつて、憲法第一四条、労働基準法第三条、旧公共企業体労働関係法第五条、日本専売公社就業規則第五五条一、二項に各違反する無効のものであり、従つて、同人等は現在も被告公社の職員たる身分を保有している旨主張し、被告公社は、本件免職は共産主義者又はその同調者を被告公社から排除すべき旨の連合国軍最高司令官の指示、命令に基いてなされたものであるから、その効力の有無を憲法以下の日本国内法規に照して論ずる余地がないものであると主張するので、以下この点について判断する。

三、原告等に対する本件免職が、同人等が「共産主義者であり、被告公社の機密を漏洩し、業務の正常な運営を阻害する等秩序をみだる虞があり、公社職員として適格性を欠く」との事由によつてなされたものであることは、当事者間に争がない。

そこで、かゝる免職事由自体の適法性及び原告等三名の右免職事由該当牲について以下検討する。

四、本件免職のなされた昭和二五年当時、日本国が連合国軍の占領下にあり、右連合国軍最高司令官マツカーサー元帥は「昭和二五年五月三日付日本国民に対する声明」に於て、日本共産党が反社会的勢力である旨を述べ、次いで、「同年六月六日付日本共産党中央委員会委員の追放に関する内閣総理大臣あて書簡」「同月七日付アカハタ編集局長の追放に関する内閣総理大臣あて書簡」「同月二六日付アカハタ発行停止に関する内閣総理大臣あて書簡」「同年七月一八日付アカハタ及び後継紙並びに同類紙の発行停止期間延長に関する内閣総理大臣あて書簡」(以上の各声明、書簡を一括して、以下単にマ書簡という)等によつて、日本国政府に対し、日本共産党中央委員会委員及び共産党の機関紙であるアカハタの編集局員の各追放並にアカハタ及びその後継同類紙の無期限発刊停止措置を講ずべきことを指示、命令した事実は、当事者間に争いないところである。

五、しかして、右マ書簡の趣旨について、当時の総司令部係官が、同書簡か単に日本共産党中央委員、アカハタ編集局員の各追放、アカハタ及びその同類後継紙の無期限発刊停止の諸措置を日本国政府に命じたのにとどまらず、進んで、公共的報道機関並にその他の重要産業から共産党員又はその同調者を排除すべきことを、日本国政府並に日本国民に対し指示、命令したものと解すべきであるとの談話を各処に於てなしたことは、公知の事実であり、上記係官の談話は、連合国軍最高司令官の指示、命令に関する有権的解釈として最終的権威を有していたものと解すべきであるから、同書簡の趣旨は、公共的報道機関並にその他の重要産業(所謂エーミス談話によれば、石炭、金属鉱山、造船、鉄鋼、自動車、私鉄、電工、重電機、銀行、化学等がこれに含まれるとされている)からも共産主義者又はその同調者を排除すべきことを命じたものといわざるをえない。

六、ところで、マ書簡並に上記各談話は被告日本専売公社の如き公共企業からの共産主義者又はその同調者の排除については、明示していないけれども、同書簡か、公共報道機関並にその他の重要産業という私企業からの共産主義者等の排除を指示、命令するものである以上、右私企業に比し、政治的、社会的且つ経済的に同程度以上の重要性を有し、国民生活とも密接な関係にある被告公社の如き、公共企業体からのこれら共産主義者等の排除を除外する趣旨であるとは、到底解されないのであつて、同書簡は、公共報道機関並にその他の重要産業同様、被告公社等に於ても共産主義者又はその同調者を排除すべき旨を指示、指令したものと解するのが相当である。

七、そして、成立に争のない乙第一〇〇号証及び同第一〇一号証によれば、日本国政府は、右マ書簡の指令に基き昭和二五年九月五日の閣議に於て、「共産主義者又はその同調者で、官庁、公団、公共企業体等の機密を漏洩し、業務の正常な運営を阻害する等、その秩序をみだり、又はみだる虞があると認められるものは、これら機関から排除する」との政府及びその関係機関からの共産主義者等の排除に関する方針を決定し、次いで同月一二日の閣議に於て右方針を実施に移すこと及び右措置が前記マ書簡に従つてとられるものであることを、閣議了解として確認していることを確めることができ、証人安藤一衛の証言によれば原告ら三名に対する本件免職は右閣議決定に基き、その趣旨に副つてなされたものであることが認められる。

八、しかして、降伏文書等により明らかなとおり、連合国軍最高司令官の発する指示、命令は当時最高の権威を有し、日本国憲法及び同法下の日本国内法規の上位にある法型式として妥当していたものというべきであるから、前記指示、命令の内容が日本国憲法以下の国内法規に抵触するか否かを論ずることは無意味であつて、憲法違反等の問題の生ずる余地は全くないのである。

もつとも、被告公社において、前記マ書簡の指示、命令する範囲をこえて、共産主義者の免職事由を広般に設定し、あるいは原告等が免職事由該当性を欠くのにこれあるものとして免職した場合には、なお違法、無効の問題が生ずることはいうまでもない。

九、ところで、マ書簡自体は、排除さるべき共産主義者又はその同調者の範囲について直接触れていないが、前記工ーミス課長の談話等に徴すれば、マ書簡の意図する被排除者の範囲は、共産主義者のうち「アグレシブ」なものに限る趣旨と解されるところ、前記閣議において決定された共産主義者等の排除に関する基準並に被告公社が原告等に示した免職事由等は、いずれも右マ書簡の範囲を逸脱していないものと認められる。従つて、本件免職には、少くともこの点に関する違法は存しない。

一〇、よつて、進んで原告等三名に本件免職の事由とされた事実があるか否かについて判断するに、同人等が本件免職当時、日本共産党員であつたことは当事者間に争いがなく、証人松永延次、同中村数喜、同芦沢邦男、同山崎アイ、同我妻サト、同安藤義美及び同石川義一の各証言を総合すれば、原告等はいずれも右免職当時、職場内に於て日本共産党の機関紙であるアカハタを配布する等共産主義及び共産党の宣伝活動を行い、同僚に入党の勧告をし、又印刷物その他日用雑貨品の販売という手段を通じて党のための資金カンパをなす等、行動的共産党員として、積極的に党活動を行つていた事実を認めることができるのであつて、かゝる事実に照せば、原告等三名には、被告公社の主張する免職事由があるものといわざるをえない。従つて、本件免職には、この点に関する違法も存しない。

一一、以上のとおり、原告等三名がすべて被告公社の主張する免職事由を備え、且つかゝる免職事由に基いて免職を行うべきことが当時連合国軍最高司令官によつて指示、命令されていたこと、前述のとおりであるから、本件免職はすべて適法、有効といわざるをえない。

一二、従つて原告等の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかであるからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、同第九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 小野幹雄 神作良二)

要約調書

第一、当事者の表示〈省略〉

第二、当事者の求める判決

一、原告らの求める判決

「被告は原告らに対し、原告らはいずれも被告の職員たる身分を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」

二、被告の求める判決

「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

第三、当事者の主張

一、原告らの請求原因

(一) 原告らはいずれもつぎのとおり日本専売公社法により設立された特殊法人である被告との間に雇傭関係を有し、その職員である。

1 原告長南は昭和二〇年一〇月一日から被告の前身である旧仙台地方専売局須賀川出張所に見習として採用され、直ちに右出張所にいわゆる現場作業員として勤務し、爾来右出張所が昭和二一年一二月一〇日郡山地方専売局須賀川支局に改組され、さらに昭和二四年六月一日日本専売公社法施行法第一条により前記特殊法人中の郡山地方専売局須賀川支局と組織改正されるに及んでも引続き右各須賀川支局に勤務し、昭和二五年一一月一八日当時は同支局製造課に勤務し、工作動力係の仕事を担当していた。

2 原告鏡沼清は、昭和二一年二月一六日前記旧仙台地方専売局郡山支局に見習として採用され、同支局製造部裁刻工場作業員として勤務し、前記被告の改組後も引続き右支局に現場作業員として勤務し、昭和二五年一一月一八日当時は右支局製造部予備課に勤務する職員であつた。

3 原告鏡沼悦子は、昭和二一年四月五日前記旧仙台地方専売局郡山支局に見習として採用され、同支局製造部葉拵工場作業員として勤務し、前記被告の改組後も引続き右支局に現場作業員として勤務し、昭和二五年一一月一八日当時は右支局製造部装置課に勤務する職員であつた。

(二) ところが被告は右昭和二五年二月一八日以降現在に至るまで、原告らが被告の職員であることを争うので、前記第二の一記載の判決を求める。

二、被告の答弁および抗弁

(一) 原告ら主張の請求原因事実はいずれも認める。

(二) 被告が原告らに対し、いわゆる免職処分に付した経過および理由はつぎのとおりである。すなわち、

1 被告の原告らに対する本件免職処分は、いわゆるレツド・パージであつて、昭和二五年当時いわゆる占領治下におかれていた日本国においては、連合国最高司令官の発する命令もしくは指示は、日本国内法規を超えて妥当する法的効力を有するものである。

(1)  被告は、たばこ、しよう脳、塩に関する国の専売事業の健全にして能率的な実施にあたることを目的として昭和二四年六月一日設立された特殊法人であつて、全国に一七箇所の地方局と七箇所の直轄たばこ工場、二箇所の直轄製塩工場等を保有し、約四〇、〇〇〇名の職員を擁するところ、その事業の運営の如何は国家財政に重大な影響を与えるのみならず、国民の日常生活に及ぼす影響も極めて大なるものがある。

(2)  ところが昭和二五年当時、日本共産党は国際的連携のもとに、日本の社会秩序の破壊を企図し、あらゆる産業部門にわたつて、その党員およびその同調者を指揮指導して暴力行為に及ばしめるに至つたところ、連合国最高司令官ダグラス・マツカーサーは昭和二四年七月四日アメリカ独立記念日に際して共産主義運動に対し法的保護を与えるべきか否かについての問題を提起する声明を発しついで昭和二五年五月三日日本共産党は反社会的勢力であるところ、現在日本が急速に解決を迫られている問題は該勢力をどのような方法で国内的に処理し、個人の自由の合法的行使を阻害せずにかかる自由の濫用を阻止すべきかにある旨のいわゆる反共声明を発表した後、同年六月六日同司令官は吉田内閣総理大臣あて書簡をもつて日本国政府に対して日本共産党中失委員会を構成する全委員二四名を公職から罷免し排除するために必要な行政上の措置をとるよう指示し、さらに同年七日同司令官は同大臣あて書簡をもつて日本国政府に対して日本共産党の機関紙「アカハタ」の編集方針につき責任を分担していた一七名の者を右六月六日付書簡のうちに加えるために必要な行政上の措置をとるよう指令し、また同月二六日同司令官は同大臣あて書簡をもつて日本国政府に対して右「アカハタ」およびその後継紙ならびに同類紙の発行を三〇日間停止させるために必要な措置をとることを指令し、さらに同年七月一八日同司令官は同大臣あて書簡をもつて日本国政府に対して右六月二六日付書簡の実施のためにとられた措置を引続き強力に実施し、日本国内において煽動的な共産主義者の宣伝の播布に当つてきた「アカハタ」およびその後継紙ならびに同類紙に対し課せられた停刊措置を無期限に継続することを指令し(以上右司令官の声明・書簡を総称してマツカーサー指示という。)、国家機関その他公共機関および重要産業から共産主義者およびその同調者を排除すべきことを命じた。

(3)  そこで政府は同年九月五日の閣議において右指示を実施すべき方針として、

(イ) 共産主義者またはその同調者で、官庁、一公団、公共企業体等の機密を漏洩し、業務の正常な運営を阻害する等その秩序をみだり、またはみだる虞があると認められるものは、これらの機関から排除するものとする。

(ロ) 右排除の方法は、国家公務員法第七八条第三号(公共企業体の職員については、国有鉄道法第二九条第三号または日本専売公社法第二二条第三号)の規定による。

等の要領を定め、ついで同月一二日の閣議において「マツカーサー指示は最近における日本の共産主義者が国外における侵略主義的勢力の支配に屈服し、わが国における民主主義的復興を妨げ、国内に破壊と混乱をもたらそうとしていることが、もはや顕著な事実となつていることを指摘したものであるが、公務員が元来国民全体の奉仕者として公共の利益の擁護に任ずべきものである以上、この種の危険分子が公職に必要な適格性を欠くものであることおよび政府は民主的政府の機構を破壊から防衛する目的で、共産主義者またはその同調者たる公務員で公務上の機密を漏洩し、公務の正常な運営を阻害する等秩序をみだり、またはみだる虞があると認められる者を国務公務員法その他当該法規の規定に基ずき公職に必要な適格性を欠くものとして、その地位から除去するものとすること、ならびに右除去措置はもつぱら破壊に対する防衛を目的とするから、反省の余地ありと認められる者については、その反省の機会を与えつつ実施する。」旨を了解した。

(4)  被告は共産党員およびその同調者に対し事前に任意退職を勧告し、これに応じない者を日本専売公社法第二二条第三号および日本専売公社就業規則(昭和二四年六月一日総裁達第三号)第五五条第一項第九号に基ずき免職処分に付することとし、いずれも共産党員であり、かつ被告の地方局または支局の職員である原告らに対して命免補職・解職・昇格・降格・昇給・兼職・分限・懲戒する権限を有する者(以下命免等権者という。)である被告の郡山地方局長(昭和二五年七月三一日総裁達第一〇七号日本専売公社処務規程第二八条)は、昭和二五年一一月一七日原告長南に対しては同地方局須賀川支局長を介し、その余の原告らに対しては同地方局長自身で原告らはいずれも共産党員であり、かつ後記2の(1) ないし (3) のとおり、いずれも業務の正常な運営を阻害する等秩序をみだる虞があるから、被告の職員として適格性を欠く者であると認めるから、この際任意に退職すべき旨を勧告し、あわせて、右任意退職に及ばない場合には、前記日本専売公社法および日本専売公社就業規則に基ずき同月一八日付で免職処分に付する旨告知した。

ところが原告らはいずれも任意退職しなかつたので同局長は原告長南に対しては同支局長を介して同支局で同月一八日前記事由により免職する旨告知し、該免職通知書(以下免職辞令という)を交付し、かつ原告らの退職手当金・共済給付金および同月分給与金の実支給額(原告長南については金二九、〇五一円、同鏡沼清については金二二、二〇四円、同鏡沼悦子については金二三、九三〇円)を提供したところ、同原告は右免職辞令および右支給金を受領したので、同原告は同日付で被告の職員たる身分を喪失し、免職辞令の受領を拒んだその余の原告らに対しては各住所あて同日各免職辞令および支給金を発送したところ、いずれも右原告らにそのころ到達したので、右原告らも被告の職員たる地位を失うに至つた次第である。

2 かりにマツカーサー指示が国家機関(公共企業体を含む)から共産主義者およびその同調者を排除すべきことまでの指示を含んでいなかつたとしても、昭和二五年一一月一八日当時原告らは左記のとおり被告会社の職員としての適格性を欠く具体的事実があつたのであるから、被告が原告らに対して日本専売公社法第二二条第三号日本専売公社就業規則第五五条第一項第九号により分限に基ずく免職処分に付したことは適法である。(ここにいわゆる適格性とは、その者の職務に関する知識、技術的能力、および規律、秘密保持、協調等に関する性格ならびに態度等の一切の属性を含むものであつて、職場内外の言動を対象とし、命免等権者が自らの裁量によつて決しうるものと解する。)

(1)  原告長南善蔵は、

イ いわゆる終戦直後日本共産党に入党し、昭和二三年一二月一四日には日本共産党郡山地区委員、昭和二四年一〇月一四日には同党同地区須賀川細胞責任者、同月一五日には同党同地区岩瀬細胞群委員会委員をも兼任し、熱心に党活動に従事し、各種公職選挙に際しては同党立候補者の応援に奔走し、職場内においてはあらゆる機会を利用して同僚に入党を勧誘し党勢力の拡大に努め、

ロ 職場内においては印刷物等を配布する場合には、前記就業規則第一四条により、あらかじめ右印刷物等を所属長に提示して配布の許可を得なければならないのに、この手続を経ることなく、日本共産党の機関紙である「アカハタ」等を職場内に持込み、配布し、同僚にその閲覧をすゝめ、

ハ 昭和二三年九月頃から、日本共産党の資金カンパ等のために、職場内に共産主義に関する書籍、石けんその他日用雑貨品を持込み、これを同僚に販売し、

ニ 前述のような党活動等をするため、就業時間中しばしば自己の職場を無断で離れ

たものである。

(2)  原告鏡沼清は、

イ 昭和二五年八月二四日日本共産党に入党し、同党専売公社郡山地方局細胞に属したものであるが、右入党届出前から活発に党活動をなしていたもので、同年九月七日右細胞責任者として届出をなしたほか、同党の外廓団体である日本民主青年団郡山地区委員をも兼ね、職場内外の諸会合において、同党員およびその同調者の獲得に奔走し、

ロ 前記就業規則第一四条所定の手続を経ることなく、前記「アカハタ」および前記郡山地方局細胞機関紙である「統一ニユース」等を職場内に持込み、同僚に配布し、その購読または閲覧を勧め、さらにいわゆる壁新聞を職場内に掲示し、

ハ 右「統一ニユース」または壁新聞の各記事が、被告の事業またはその幹部職員につき悪意と虚偽もしくは著しく事実をわい曲した内容にみち、これを配布または掲示するときは、被告の職員らに悪影響を及ぼし、その業務の円滑なる運営を阻害するものであることを知りながら、あえて、右業務の運営を阻害する目的で、これを配布または掲示し、

ニ 原料葉たばこに水分と温度を加えて柔軟にする作業を担当していた際、右のとおり柔軟にした葉たばこにつき秤量して量目を記録すべき旨定めた作業規準にしばしば違反し、該秤量および記録を怠り、かつ就業時間中しばしば前記党活動等のため無断で職場を離れたものである。

(3) 原告鏡沼悦子は、

イ 昭和二五年八月一四日日本共産覚に入党し、前記郡山地方局細胞に属する旨届出をなし、かねていずれも同党の外廓団体である前記日本民主青年団郡山地区委員会および日本労農救援会郡山地区委員会の各構成員であつたところ、右入党届出前から活発に党活動をなし職場内外の諸会合において同党員およびその同調者の獲得に奔走し、

ロ 前記就業規則第一四条所定の手続を経ることなく、

前記アカハタ」および「統一ニユース」等を職場内に持込み、同僚に配布し、その購読または閲覧を進め、

ハ 右「統一ニユース」等の記事が、被告の事業またはその幹部職員につき悪意と虚偽もしくは著しく事実をわい曲した内容にみち、これを配布するときは、被告の職員らに悪影響を及ぼし、その業務の円滑なる運営を阻害するものであることを知りながら、あえて、右業務の運営を阻害する目的で、これを配布し、

ニ 前記党活動等のため、就業時間中しばしば無断で職場を離れたものである。

(三)1 原告主張の抗弁事実中、原告らが被告の職員をもつて構成する全国専売公社労働組合(以下全専売という。)の組合員であつたことは認めるが、その主張のような労働組合関係の経歴を有していたことおよび組合活動をなしていたことは知らない。

本件免職処分はマツカーサー指示を実行したものであるところ、前述のとおり、右指示は日本国内法規の最上位にある日本国憲法以上の法的効力を有していたのであるから、該指示に基ずく本件免職処分に対し、右指示自体の違憲性、または右処分の憲法第一四条第二八条各違反もしくは労働基準法第三条、旧公企労法第五条違反の各主張はいずれも理由がなく、また仮りに右マツカーサー指示の法的効力につき疑義が生ずるとしても、本件免職処分は前段2詳述のとおり、原告らに対し分限に基ずきなしたものであつて原告らをその信条又は社会的身分によつて差別し、もしくはその団結権または団体行動権を侵害するものではないから、前記憲法・労基法および旧公企労法各法条違反の主張は到底排斥を免がれない。

2 かりに、右分限処分につき命免等権者において、適格性欠缺の判断につき、事実誤認または裁量権逸脱の不当がありひいては本件免職処分が憲法違反または不当労働行為に該当する違法な処分であるとしても、本件免職処分はその性質上公共企業体である被告の組織に関する行政処分と解すべきところ、本件免職処分には、処分事由の不存在または命免権の濫用等重大にして明白な瑕疵は存しないから、これが処分の瑕疵を前提とし、実質上該処分の取消または変更を求める原告らの本訴請求は、旧行政事件訴訟特例法第五条所定の出訴期間の制限を排除しうるものではない。(最高裁大法廷昭和二九年九月一五日判決、民集八巻九号一六〇六頁、東京地裁昭和二五年一二月一九日判決労働関係民事裁判例集一巻六号一一四一頁各参照)

3 原告らは本訴において本件免職処分の無効を主張するが、右主張は信義則に反し、いわゆる「権利失効の原則」によつて許されないものである。

(1) 本訴提起までの経過

イ 原告長南は、本件免職処分を不服として昭和二五年一一月一八日「日本専売公社と全専売との間の昭和二五年七月五日付の苦情処理に関する協約」(旧公企労法第一九条参照)に基ずき須賀川支局に設置されていた須賀川支局苦情処理共同調整会議に対し苦情処理の申請をなし、原告鏡沼清、同悦子はいずれも同日前記協約に基ずき郡山地方局に設置されていた郡山地方局苦情処理共同調整会議に対し苦情処理の申請をなしたところ、前記須賀川支局苦情処理共同調整会議は、同日前記原告長南の申請を右郡山地方局苦情処理共同調整会議に移管したので、同会議は同月二〇日から二一日にわたつて右各申請を審理したものの、同日同会議委員間の意見不一致により終了したので、各原告らに対して同日その旨の通知をなした。

ロ 他方全専売は、同月中に専売公社中央調停委員会に対し、本件処分を含む被告の排除措置につき調停を申請した結果、被告および全専売は右調停委員会の調停を受諾し、昭和二六年一月二〇日「臨時苦情処理共同調整会議に関する協定」を締結し、右協定に基ずき特設された臨時苦情処理共同調整会議に対しても、原告らはいずれも苦情処理方の申請をなしたが、原告長南の申請は同年二月一日付、その余の原告らの申請は同月一一日付いずれも右会議の委員間の意見不一致により終了し、その頃この旨原告らに対して通知された。

ハ その後全専売および被告間の「臨時苦情処理共同調整会議の未解決事案に関する協定」において、本件各免職処分は承認されるに至つた。

ニ そして原告らは、他に本件免職処分を争うべく法的手段を講じなかつたので、被告は、原告らがいずれも被告の職員たる地位を失つたものとして後任者の採用、配置転換等を行い、新たな法律関係および事実状態を形成し、引続き本訴に至るまで正常な業務の運営をなしていたものである。

(2) 原告らの本訴請求は被告のなした本件免職処分の無効を前提とし、現在における法律関係の確認を求めるものであるから、一の権利の行使に外ならないところ、該権利の行使については一般法理上時間的制約を蒙るべきことは明らかである。すなわち権利者が長期間その権利を行使することなく経過した結果相手方において、もはやその権利行使をうけないものと正当に信頼した場合には、その後に該権利を行使することは信義則に反して許されないとの法理であり、講学上「権利失効の原則」と称され、すでに判例(最高裁三小延昭和三〇年一一月二二日判決民集九巻一二号)も支持するところであつて、右法理は当然公法関係においても妥当し、特に本件の如く右権利行使の対象が身分関係の変動という組織法域に属する場合には、前示のとおり事実状態または法律関係の形成を重ねること久しいのであるから、右法理の適用にまつこと切なるものがあるといわなければならない。(因みに、被告は、本件の如き組織法域における権利行使の期間については、労働組合法第二七条および会計法第三〇条後段の趣旨に準じて最長五年に限るべきものと解する。)

したがつて、原告らの本訴請求は、本件免職処分行為自体の効力を判断するまでもなく、その主張自体信義則に反し、許されないものである。

三、原告らの答弁および抗弁

(一) 被告の主張事実中、二の(二)の1の(1) (被告が、その主張のとおりの目的で設立された特殊法人であつて、その主張のとおりの組織を有し、国家財政および国民の日常生活に影響を有する事業をなすものであること)、二の(二)の1の(2) の後段(被告主張のとおりマツカーサー指示がなされたこと)、二の(二)の1の(4) 原告らがいずれも共産党員であつたこと、その命免等権者は被告主張のとおりであることおよび被告主張のとおりの事由および経過により原告らが免職処分に付されたことならびに各原告らが被告主張のとおりそれぞれ免職辞令および支給金等を受領したこと。但し、右によつて原告らが被告の職員たるの地位を失つたとの点を除く。)、(三)の3の(1) (本訴提起までの経過)については、いずれもこれを認めるが、二の(二)の1の(3) (閣議決定および了解事項)については知らないし、二の(二)の1の(2) の前段(日本共産党の企業破壊危険性について)および二の(二)の2の(1) ないし(3) (原告らの党歴および被告の職員として適格性を欠くとの具体的徴表事実)は、いずれも否認する。

(二) マツカーサー指示は、いわゆるレツド・パージの法規範を設定するものではなく、広く政府機関、民間諸企業から共産主義者またはその同調者を排除すべきことを指示したものと解釈すべきではない。右指示は虚偽とわい曲にみちた極端に攻撃的な反共演説にすぎないが、その内容自体憲法第一四条第一九条第二一条に違反するから、いわゆる分限処分にあたつて右指示に示された見解を考慮に入れることも信条による差別的判断として憲法第一四条および労働基準法第三条、旧公企労法第五条に違反する違憲行為もしくは不当労働行為である。

(三) 本件免職処分は、原告らにつき日本専売公社就業規則第五五条第一項各号所定の具体的事実がないにもかかわらず、同条第二項の予告期間をも存置せずしてなされたものであるから、該就業規則に違反し無効である。現に被告は昭和二六年一月三〇日開催された「臨時苦情処理共同調整会議」において、本件の如く単に共産主義者であるとの理由のみでは免職できないことを自認していたところである。

1 日本共産克が暴力的性格を有する旨の被告の主張は誤解に基ずくものであつて、同党に所属し熱心に党活動に従事した事実は企業破壊の明白かつ現実の危険性があることの証左ではない。却つて原告らは唯一日の猶予期間を与えられたのみで弁明の機会も与えられず、就業を拒否されたにもかかわらず、数年間復職を願いながら、被告の管理者らおよび企業設備に対しても何ら暴力の行使をなさなかつたものである。

2 被告主張の不適格性の具体的徴表事実中

(1) 「アカハタ」の職場内無断持込または配布の点は、かりに右事実があつたとしても、同紙は昭和二二年頃から引続き公然と職場内に配布されていたものであつて、本件免職処分時まで二年余の間、この点につき被告から就業規則違反の警告を受けたこともないのであつて、この間被告主張の就業規則第一四条は労使慣行により規範的効力を失つていたものである。従つて、右条規につき顕勢的規範力を賦活させる場合には、予めこの旨職員に対し告知すべきであつて、この予告なく、配布事実をもつて免職処分に付することは、著しく信義則に反する。

(2) 「統一ニユース」は日本共産党細胞の機関紙ではなく、全専売に属する組合員の組合活動の一環としてのクループ紙にすぎず、従前該紙の配布につき社告の許可をうけた例はない。

(3) いわゆる壁新聞は、当時全専売郡山支部教宣部長であつた原告鏡沼清が、右組合役員の任務として週一回位組合掲示板に掲示したにすぎないものであつて、もとより行為の性質上被告の許可を要しないものである。

(4) 原告らは、就業時間中、党活動のために、その職場を離れたことはないが、左記のとおりいずれも組合の重要役職にあつたため、組合活動上、職務上の監督者の許可をうけて職場を離れたものである。

イ 原告長南は昭和二二年以降全専売須賀川支部青年行動隊青年副部長、青年部長、同支部委員、同支部執行委員(厚生部長、調査部長)、総同盟県連委員、須貿川地区労働組合委員等を歴任した。

ロ 原告鏡沼清は、昭和二二年四月以降全専売郡山支部青年部委員、青年部副部長、同支部執行委員(調査部長)、同支部青年部書記長、同支部執行委員(教宣部長)、東北地方労働組合協議会委員等を歴任した。

ハ 原告鏡沼悦子は、昭和二二年以降全専売郡山支部婦人部副部長、婦人部長、東北地方労働組合協議会婦人部長等を歴任した。

(四) 本件免職処分は行政処分ではないから、これを行政処分と解し旧行政事件訴訟特例法第五条に関する被告の主張は根拠なきに帰する。(大阪高裁昭和二五年八月一二日判決参照)

(五) 被告は原告らの本訴請求は、いわゆる「権利失効の原則」の適用をうけるべきであると主張するけれども、本件免職処分当時、原告らは任意退職願の提出を拒否し、右処分につき明らかに異議を留めていたものであるところ、当面の経済的最低生活の維持のために支給金を受領し、または占領軍の実力行使の威嚇のもとに余儀なく免職辞令の交付をうけたものであつて、右処分当日直ちに苦情処理の申請をなし、その後屡次苦情処理申請を続けたものであることは、原告らが不断に本訴請求の意思を有したことの徴表である。その後本件提訴まで特に法的手段による救済を求めなかつた点は、原告らの主体的条件として法的知識の浅薄と生活の困窮に帰さなければならないが、他方いわゆるレツド・パージに対し法的救済または法による保護を期待しえなかつた当時の社会的事件も考慮すべきである。

かように、原告らは、本件提訴までの間、いわゆる権利の行使を懈怠し、被告に対して漫然新事実状態または法律関係の形成の余暇を与えたものでないことは極めて明らかであるうえに、前述のとおり、本訴請求は被告のなした本件免職処分をもつて憲法に違反する無効の行為であることを前提とするのであるから、右無効行為は時の経過によつて治癒すべくもない。

よつて原告らは、本訴請求につき適法かつ有効に訴訟要情を具備し、かつ実体的判断を求めうる次第である。

四、証拠関係〈省略〉

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